ドラグーン
「3・2・1、Goシュート!」
掛け声とともに放たれるベイブレード。
解き放たれた回転体は、各々個性を持ってスタジアムの中に荒々しく着地する。
あるものは縦横無尽に駆け回り、
逆に確固たる意志で動かないものもあったり、
また、あるものはやたらでかい円を装備していたり…。
勝利条件はいたって単純。
・相手より長くスタジアム内で回り続ける。
・相手をスタジアム外にはじき出す。
このどちらかであった。
「ベイブレードの思い出」この文字を見て蘇ってきた子供の頃の記憶。
当時、小学生の頃の一時期、決して長く無かったかもしれないが、ベイブレードは確かに俺たちの中心で回っていた。
あれからもう20年近く経っている。背中がゾワっとした。時が過ぎるのは早い。
「3・2・1、Goシュート!」始まりの合図。
飛び出したベイブレードに対して自分たちができることは応援のみ。
時には回転体を触り血が出たこともあった。
「ドラグーン」、「ドラシエル」この言葉の馴染みは深い。
今となっては何がドラグーンで何がドラシエルだったか思い出せない。
なぜなら、タカラトミーによる執拗な「ドラ…」責め。
しりとりにおける「り」責めくらい罪が重い。
ドラグーン、ドラシエルの他もドラ…はやたら存在していたはずだ。
ただ、当時の小学生男子は例外無くドラゴンが好きで(ナップザックも皆ドラゴン)
「ドラ」が付くとドラゴンっぽくてカッコいいと思っていた。※ドラえもんを除く。
そういえば、なんか円を張っているのは黄色だったような気がする。
ところで「ドラグーン」が俺たちの中心にいた割に、
それに対する自分の記憶が薄いことには理由がある。
持っていなかったからだ。ドラシエルもドラグーンも黄色いのも。
自分は手に入れることができなかった。
「ベイブレード」を楽しむためには、当然ながらベイブレードの他にも必要なものがある。
回転を生み出す装置とヒモみないな奴。スタジアムと呼ばれるフィールド、そして一緒に遊ぶ兄弟や友達。
生き方次第で友達はプライスレスだが、玩具一式揃えるとしめて1万円近くは必要になったはずだ。
まず金持ち友達の家でベイブレードの楽しさを知った後、購入交渉を親に持ち掛けたが決裁は通らず買ってもらえなかった。
我が家は貧しかったのだ。
なので、友達の家に遊びに行っては「Goシュート!」していた。
ただ弱い、俺は弱い。
だって駒にしろパーツにしろ友達の余り物だから。
友達に選ばれなかった物たちを自分なりに組み合わせた。
回し方を工夫したりもしたが、センスも無く強くはなれなかった。
ベイブレードは確かに俺たちの中心で回っていたが、そこに自分はいなかった。
今思えば決して長くはなかったベイブレードの時代。
いつの間にか俺たちのベイブレード全盛期は過ぎ去りつつあった。
そんなある頃、ついに見つけてしまった。
ベイブレード。ミニサイズのやつ。安い。これなら買える。
確か、お菓子のおまけみたいな扱いであったような気がする。
1つだけ買った。親に隠れて買った。
勉強机右下の引き出しに貯めていたお年玉(未没収分)を使って。
それは、ゴツゴツした高い奴と違って鉄の重りも無ければカスタムもない。
高い奴をみんな持ってるので、小さいおもちゃで戦う相手もいない。
けれど嬉しかった。ワクワクした。
やっと手に入れた自分だけのベイブレード。
自分の部屋の勉強机の上で回っていたベイブレード。
ぶつかり合う駒がいない俺のドラグーンは、いつまでも回り続けていた。
「3・2・1、Goシュート!」